大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)2203号 判決 1968年5月16日
原告
秋森徳蔵
被告
浦西利雄
主文
一、被告は原告に対し、六六七、六〇〇円およびこれに対する昭和四二年五月一八日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四、この判決の第一項は、かりに執行することができる。
事実及び理由
第一原告の申立て
被告は原告に対し、一、二五五、二〇〇円およびこれに対する昭和四二年五月一八日(本訴状送達翌日)から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員(民法所定の遅延損害金)を支払え。
との判決ならびに仮執行の宣言。
第二争いのない事実
本件事故発生
とき 昭和四一年八月三一日午前九時三〇分ごろ
ところ 大阪市城東区茨田中茶屋町三八番地先交差点
事故車 被告所有の普通貨物自動車(大阪四に八三六二号。以下被告車という)
運転者 被告従業員訴外西邨議(業務中)
受傷者 原告(足踏み自転車―以下原告車という―運転中)
熊様 南から北進中の原告車と北から南進し西に右折中の被告車が接触し、ために車もろとも転倒した原告が受傷した。
第三争点
(原告の主張)
一、責任原因
被告は左の理由により原告に対し後記の損害を賠償すべき義務がある。
根拠 自賠法三条。
該当事実 前記第二のとおり。
二、原告の損害
(1) 傷害の部位・程度・後遺症
相当期間入院加療を要する頭部外傷を受け、また前記転倒の際頭部を強打したことにより、内頸動脈閉塞(外傷性)にもとづく上肢の機能障害をきたしている。
(2) 数額 合計一、三七五、二〇〇円
(イ) 逸失利益 五七五、二〇〇円
右算定の根拠は左のとおり。
職業 大阪市城東区今福三丁目五七番地大阪特殊電気硝子株式会社の火夫。
収入 日給および残業手当、皆勤手当を含め月額平均七一、九〇〇円。
休業期間昭和四一年九月一日から翌四二年四月末日までの八ケ月。
(算式)
七一、九〇〇円×八
(ロ) 精神的損害 八〇〇、〇〇〇円
右算定につき特記すべき事実は左のとおり。
前記後遺症のため肉体的精神的な苦痛と日常生活に多大の不便を感じているほか、妻と二男一女、義母計五人の扶養家族を抱える一家の支柱であるところ、長期にわたる入院生活と後遺症の全治見通しが困難な状態にあることから、家族に対する後顧の憂いが絶えず、その精神的苦痛は大きい。
三、損害のてん補 計一二〇、〇〇〇円
原告は前記損害に対し左記金員の支払いを受け、これを前記逸失利益の損害に充当した。
自賠法による保険金一〇〇、〇〇〇円。
被告支払い分二〇、〇〇〇円。
四、本訴請求
損害残額一、二五五、二〇〇円および前記遅延損害金。
五、被告の主張に対する反論
被告車運転者西邨は交通整理の行なわれていない本件交差点において右折するに際し、前方および側方を注視し交通の安全を確認しながら運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、自車右側に停車中の自動車(被告主張のB車)との接触を避けるため右側方にのみ注意を奪われ、原告車が進行してくる左側方に対する注意を欠いた過失により、原告車の接近に気づかず本件事故を発生させたものである。
(被告の主張)
被告の免責
一、本件事故につき被告および訴外西邨は無過失であり、本件事故は原告の過失により発生したものである。
(1) 本件事故現場は、南方八尾方面より北方鳥飼大橋方面に通ずる幅員七メートル完全舗装の府道堺布施豊中線が、一級河川寝屋川に架せられた長さ三五・五メートルの万代橋北詰において、西方徳庵橋方面に通ずる幅員六・三メートル完全舗装の市道茨田古堤線と丁字型に交差する場所であつて(別紙見取図参照)。万代橋北詰より市道は下りこう配となり、両側にガードレールが取り付けられている(市道東方延長上の道路は付近工場の出入りに使用されるだけで正式の道路ではない。)。しかして、右交差点北方五〇〇メートルには大阪市内でも交通上の難所の一つとされている茨田浜交差点があり。万代橋南方一〇〇メートルには信号機付きの国鉄片町線の踏切があつて、右両地点の間は常時南北行とも車両がふくそうし、自動車は一寸きざみに進行を続けている実情である。
(2) 被告車(車長四・六七、車幅一・六九五、車高一・七五メートル)は右交差点北方より交差点に向かつて、右のような交通状況下に進んでは止まり、進んでは止まりして交差点手前にさしかかり、同所において府道より市道方向に右折しようとして道路中央に寄り、右折指示器を出して一時停止し対向車二、三台を見送つていたところ、後続する対向大型貨物自動車A(八トン車、車長八・五七五、車幅二・四九、車高二・七四メートルと思われる)が万代橋上で停車してくれたので、右側市道上に左折のため停車中の大型貨物自動車Bにも注意し前側方を注視しながら時速四、五キロメートルで右折にかかつたものである。西邨は別紙見取図(ロ)地点にさしかかつたときA車と欄干の間を北進してくる原告車を発見したが(それ以前にはA車に隠れて見えなかつた)、自車が右折を終わるに十分な距離があるし、かつ対向車Aも右折中の被告車を認め一時停止していることでもあみから、原告車も交通ルールを守りA車同様万代橋北詰交差点手前で一時停止のうえ被告車の右折終了を待つて進行するであろうと信頼して右折を続け(ハ)地点に達したとき、右ルールに反し一時停止することなく一路交差点内に突進してきた原告車が×地点において、ほとんど右折を終わらんとしていた被告車の後部左側に衝突してきたものである。
およそ車両の運転者は、たがいに他の運転者が交通法規に従つて適切な行動に出るであろうことを信頼して運転すべきものであり、その信頼がなければ一時といえども安心して運転することができないのであつて(ことに交通の混雑しがちな本件事故現場の道路において然り)、西邨の前記運転方法には過失がないというべく、本件事故は当日朝酒を飲み相当めいていして自転車を運転していた原告の前記一方的過失にもとづくものである。
二、車両の機能、構造上の無欠
被告車は完全に整備されており、本件事故の原因となるべき機能、構造上の欠陥はなかつた。
第四証拠 〔略〕
第五争点に対する判断
一、被告の責任原因(自賠法三条)
〔証拠略〕を総合すると、本件事故現場および事故発生の状況は、ほぼ被告主張一、(1)、(2)のとおりであると認められ、この認定を左右しうる証拠はない。
しかし、西邨が原告車を別紙見取図(ロ)地点で発見したときにおける原、被告両車間の距離を確認するに足りる証拠はないのみならず、被告車が右折を終了する前に本件接触事故が発生したことから推すと、右両車はかなり接近していたと認めるのが相当である。そうであれば、西邨において原告車の動静に十分注意しつつ右折すべき義務があるものといわなければならない。
この点に関し、被告は信頼の原則を援用して右の注意義務はない旨主張するが、原告車のような足踏み自転車は特別の資格を有しない者でもこれに乗ることができるのであるから、自動車に比し不注意な運転がおうおうにしてみられるのみならず、証人西邨護の証言によると、西邨が原告車を発見したとき同車はかなり速度を出しており、かつ原告は下を向いていたというのであるから、このような場合には原告車が右折中の被告車に気づかず交差点内に突入することも十分予想できるわけであり、原告車が交通メールを守り交差点手前で一時停止することを信頼するのは軽率であり、信頼の原則は適用されないと解するのが相当である。
したがつて西邨としては、原告車を発見したとき同車との距離はもとよりその動静を十分注意し。場合によつては一時停止し警笛を吹鳴するなどして自車の存在を知らせ、原告車が交差点に突入するおそれのないことを確かめたのち右折すべき注意義務があるというべきところ、前認定のとおり西邨は対向車Aが一時停止していることから原告車も当然交差点手前で停止してくれるものと軽信し、一時停止や警笛の吹鳴を怠りそのまま右折を続け原告車の前面を横切つたのであるから、本件事故発生につき運転上の過失がなかつたとは認められない。
二、原告の損害
(1) 傷害の部位・程度
頭部外傷。受傷直後は意識不明であり、昭和四一年八月三一日から同年一二月三〇日までと、翌四二年一月一九日から同年五月七日まで二回にわたり松尾外科病院に入院加療し、その間右内頸動脈閉塞にもとづく右手全指の軽度屈曲制限が認められた(〔証拠略〕)
(2) 数額 合計一、五七五、二〇〇円
(イ) 逸失利益 五七五、二〇〇円
原告主張のとおり(〔証拠略〕)。
(ロ) 精神的損害 一、〇〇〇、〇〇〇円
前記受傷部位・程度のほか、〔証拠略〕により認められる左記事実をしんしやくした。
(A) 原告は現在なお腰部屈伸の際痛みを感じ、右手の握力が低下し、字を書いたり「はし」を使うことができず、悪天候のときは頭痛を覚える。
(B) 現在六〇才であるが右のような身体状況のため再就職が困難であり、妻スエノの収入等により苦しい生活をしている。
三、原告の過失(過失相殺五〇パーセント)
前認定の本件事故の状況に〔証拠略〕を総合すると、原告は事故当日午前八時に夜勤を終わり、帰宅途中ビール小びん一本、自宅で日本酒一合を飲んだのち、ほろ酔い気分で原告車を運転して事故現場万代橋上にさしかかり、北詰交差点手前で大型貨物自動車Aが一時停止しているのにかかわらず、その左側を前方不注視のまま漫然北進し交差点内にかなり速い速度で進入したものと認めるのが相当であるから(原告本人尋問の結果中この認定に反する部分は信用しない)。本件事故発生については原告にも右のような重大な過失があるものというべく、この過失は損害賠償額の算定にあたりしんしやくしなければならない。
四、原告の損害賠償請求権残額
損害賠償請求権は前記損害の五〇パーセントである七八七、六〇〇円であるところ、原告の自認する前記一二〇、〇〇〇円のてん補額を控除すると残額は六六七、六〇〇円となる。
第六結論
被告は原告に対し、六六七、六〇〇円およびこれに対する昭和四二年五月一八日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。
訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用する。
(裁判官 太田夏生)
現場見取図
<省略>